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2019年3月 1日 (金)

食のあらゆるプロセスを楽しむ

今日は、先々週の記事「中庸は凡庸」で引用した『やすらぎの戦士』(ダン・ミルマン著/上野圭一翻訳)の場面の続きです。

あの後、ふたりは、ソクラテスの元弟子で、ローフードをメインとした自然食レストランのオーナー兼シェフのジョーゼフの店に行きます。

ソクラテスは、ジョーゼフがいかに素晴らしい料理の作り手であるかをダンに語り、ファーストフード店との違いは、ふたつあると説明していました。


1. 自分がやることに注意のすべてを集中する

2. 何をつくるときも、〈愛〉を料理の主要材料としている

ジョーゼフは、ソクラテスとダンを家庭的な居心地の良い空間に迎え入れ、フロア中央のテーブルに案内します。


ジョーゼフが二枚の皿をもって食卓に近づいてきた。まずソクラテスの、つぎにぼくの前に気取ったしぐさで皿を置いた。「おや、こいつは旨そうだ」ソクラテスはそう言うと、シャツの襟元にナプキンをかけた。ぼくはその料理を見た。目の前の白い皿の上には、スライスした人参が一片とレタスが一枚あるだけだった。ぼくは二の句もつげずに皿を見つめていた。

ぼくのうろたえぶりを見て、ソクラテスが椅子から転げ落ちそうになるまで笑った。ジョーゼフも食卓に両手をついて笑っていた。「何だ」ぼくは安堵のため息をついて言った。「冗談だったのか」

ジョーゼフは何も言わずに皿を片付けると、今度は見事な木製の鉢をふたつもってきた。それぞれの鉢には山に似せた盛りつけがしてあり、それには細かい細工がほどこされていた。山の本体はカンタロープ・メロンとハニーデュー・メロンの組み合わせでできていた。茶色い岩は削ったアーモンドとクルミだった。切り立った崖の部分はリンゴと薄くスライスしたチーズで、山に生えているたくさんの木は、盆栽のように一本一本刈り込んだパセリでできていた。頂上はヨーグルトの雪でおおわれていた。山のふもとには半分に切ったブドウとイチゴが敷きつめられていた。

ぼくは思わず目を見張った。「ジョーゼフ。こんなきれいなもの、とても食べられないよ。写真に撮っておきたいぐらいだ」そう言いながら見ると、ソクラテスはいち早く手をつけていた。いつものように少しずつ口に入れ、もぐもぐと噛みしめていた。そこでぼくも舌なめずりしながら山にとりかかり、夢中になって食べはじめた。突然、ソクラテスが卑しげにがつがつ食べ出した。ぼくの真似をしていることに気がついた。

できるだけ小さく取って口に入れ、彼のテンポに合わせて、噛んでいるあいだは深い呼吸をしようと努力してみたが、あまりに遅すぎてイライラしてきた。

「ダン。お前が食べることから得ている快楽はな、食べ物の味覚と満腹感だけに限定されているんだ。食べるという行為にともなうすべてのプロセスを楽しむ、そのコツを覚えることだな。食べる前の空腹感、こころのこもった調理、目を楽しませる盛りつけと食卓の配置、歯ざわり、舌ざわり、呼吸、匂い、味、呑みこむ感覚、そして、食後の爽快感と躍動感。まだあるぞ。消化したあとの食べ物を残らず楽々と排泄する楽しみだ。そうしたプロセス全部に注意を払うようになれば、シンプルな食事の味がわかってくる。そんなにたくさん食べなくてもいいということもな……」

「ぼくは食いっぱぐれることなんて気にしてないよ」

「そりゃよかった。それなら今日からの一週間は楽に過ごせるだろう。これは、いまから七日間にお前が食べる最後の食事なんだからな」ソクラテスは、ぼくがその場から開始することになった浄化のための断食について概略を説明しはじめた。口に入れることが許されるのは、水で薄めたフルーツジュースか混ぜ物なしのハーブティーだけだった。

味覚と満腹感だけを味わう食事。

これが現代の食事ですよね。

加熱動物食でも、グルメな人たちは、それなりにこだわりがあって、素敵な雰囲気のレストランで有名シェフの料理を味わったり、厳選した材料を使って手間暇かけて自分で作ったりしていると思いますが、「食後の爽快感と躍動感、消化したあとの食べ物を残らず楽々と排泄する楽しみ」はないでしょう。

グルメ料理を食べたら、お腹がもたれて眠くなるし、消化に手間取って排泄も困難になりますから。

私はローフードのおかげで食後眠くなることもなく、排泄も楽々だけど、ソクラテスがあげている「目を楽しませる盛りつけと食卓の配置、歯ざわり、舌ざわり、呼吸、匂い、味、呑みこむ感覚」あたりが今後の課題かな。

食にまつわるあらゆるプロセスが楽しめるようになりたいですね。

※ 関連記事:

やすらぎの戦士(2018.10.26)

中庸は凡庸(2019.2.15)

※ この本『やすらぎの戦士』は1987年に筑摩書房から刊行されましたが、その後廃刊となり、1998年に『癒しの旅―ピースフル・ウォリアー』というタイトルで徳間書店からあらためて刊行されました。しかし、現在ではこの徳間書店の本も販売されていないようです。原書『Way of the Peaceful Warrior』は1980年の初版発行以来販売され続けていて、古典的名作として今でも人気があるというのに、日本語訳はもう古本でしか手に入らないというのはとても残念なことです。

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