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    名前: Norah(のら)
    不健康な健康オタクという汚名を返上すべく、心穏やかに暮らす術を模索中。2012年に本格的にローフード生活に移行。菜食歴11年。

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2017年6月30日 (金)

意識のもち方で食欲をコントロールする

俳優の榎木孝明さんが行った30日間の「不食」を記録した本、『30日間、食べることやめてみました』を読みました。(DVDが付録として付いていて、映像で確認することもできます。)

「断食」ではなく、「不食」であることに興味を引かれました。

榎木さんの不食の定義。

絶食にも、減食にも、少食にも、断食にも、共通して存在する要素は、本来、とるべき食事をなんらかの事情から我慢するという構造です。断食が最も顕著でしょう。断食には、おなかがすいてつらいのをがまんするという苦行や修行のイメージが伴っています。

しかし、不食は、苦行でも、修行でもありません。本来、不食は、がまんとは無縁の行為であるべきだと私は考えています。

私はこれまでの不食の経験から、意識の持ち方一つで、食欲はコントロールできると思っています。実際に不食することになり、意識をリセットすると、食欲を感じなくなります。これまで何度も行ってきた短い不食の経験においても、空腹をこらえるのがつらかったという経験をした覚えはありません。

空腹がつらいという意識こそ、食べないと生きていけないという常識がもたらすものです。

「不食」と聞いて、最初、ブレサリアンのように飲まず食わずなのかと思ったのですが、水分はとっていたようです。

水は最初の頃、1.5L/日飲んだこともあったようですが、途中で1L弱/日に落ち着いたそう。(コーヒーと緑茶もOKということにしていたらしい。)

1週間ぐらい経過したあたりで、血糖値と血圧が低下したため、医師と相談して、コーヒーに角砂糖を入れたり、ブドウ糖のかけらや塩アメを摂取することにしたとあったので、いわゆる「水断食」という感じでもないですね。

しかも、不食開始前夜と不食終了直後に、イタリアンを食べているというのも、一般的な断食法とは大きくかけはなれています。

なので、榎木さんの具体的な不食の実践方法は、私にはあまり参考にならなかったのですが、常識を鵜呑みにしないという姿勢が私のツボにはまり、「不食日記」の部分より、その背景となっている考え方、生き方の話が非常に面白かったです。

断食の作法を含め、世間の一般常識に一石を投じ、食べなくても普通に生活できるところを確認・実証したかったという思いも理解できました。

仕事で東北に泊まりがけで取材旅行に行ってあちこち歩き回ったり、食事が出される会合に出席して、自分だけ食べずにいたり(翌日人間ドックがあるからということにして、食事を辞退したよう)、ドラマの撮影に出向いたりと、しっかり、食べなくても普通に生活できていました。

(直前まで加熱動物食を食べ、途中で糖分や塩分を取っているので、直前までローフードで水断食(糖分・塩分なし)というパターンよりは、排毒症状が出にくいのかな?とも思いましたが、それでもすごいと思いました。)

こうした生活を続けられたのは、ひとえに、榎木さんの意識の在り方のようです。

実は、今回の不食の試みを行うにあたって、私がたよったのもイメージの力にほかなりません。

食べなければ死んでしまうという固定観念から自由になって、食欲というスイッチをオフにすれば、おなかはすきません。思うことは(イメージすることは)、かなうのです。

私は、ローフードとはいえ、ついつい必要以上に食べすぎてしまうことが多々あり、断食中も、「断食が終わったら、何を食べようかな?」みたいなことをすぐ考えてしまうので、この「イメージする」というところを大いに見習いたいと思いました。

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コメント

こんばんは。

私も最近、読みましたよ。
本屋で立ち読みですが(笑)

以前からブレサリアンに興味があって調べていたんですが、
ブレサリアンになる過程は、人それぞれなんですよね。

でも、ブレサリアンの方が共通して言っているのは、
「食べなくても生きていけることを信じること」

私は、まだまだ信じることができていないですね。
おなかがすいていなくても、
「そろそろ何か食べたほうがいいのかなぁ」
なんて思いますしね。

イメージかぁ。。。
不食の自分をイメージできるように練習をしようと思いました。

それにしても、榎木孝明さんの不食の報道を見て、
食べないことで世間での生きづらさを実感しました。

他人からの食の断り方とか優しさからの心配とか。。。

そういう他人からの刺激をも跳ね返す意識の強さも
必要なんだな、と思いました。

★ あいさん
おはようございます~。

あいさんも、最近読まれたのですね。

>「食べなくても生きていけることを信じること」
私も、飲まず食わずでも大丈夫な人がいることは信じていますけど、自分自身についてはまだ「食べなくても大丈夫!」って思えないのですよね。

そう思えないのは、私の場合、「食べる快楽」を捨て去れないからだと思います。食べて気を紛らわす(体を消化で忙しくさせて他のことを考えられないようにさせる)ことで日々の問題をやり過ごしているというか。。。

薬物中毒の人といっしょですね。。。

>食べないことで世間での生きづらさ
榎木さんは、ほんと、言葉を選んで、気を遣いながら、この本を書いたように感じました。有名人で影響力が大きいから慎重にならざるを得ないのでしょう。

あれだけ気を遣って発言しても、各方面から批判が来たみたいですから、世間って、まったく狭量ですね。

世間の承認を求めていたら、不食はおろか、菜食、少食なども続けられないですよね。普通の人の(好きな物を)食べることに対する執着って、ものすごいですから。

ノラさんの文末の約3行がものすごく腑に落ちます

断食自体は、そんなにしんどいモノや苦痛に感じることは少なくなってきた(完全に無くなった訳ではないです)のですが「これ終わったら、何たべようかな?」とか「みんな美味しそうなモノ食べてるのに、なんで俺だけこんなに我慢して苦行みたいなこと続きてるんやろ?」とか、フッとした瞬間に頭に浮かんでしまいます。

なので、そういう時はノラさんブログを読んだり、マーカスさんの金言を思い出したりして、自分を律っしています。

人間の欲や煩悩は尽きることがないですね

★ てつさん
こんばんは~。

断食すると、いかに強欲で煩悩まみれかがよく分かりますよね。

一瞬頭に浮かんで、すぐに打ち消して忘れてしまえばいいのだけど、なんどもなんども思い浮かべてそのことばかり考えた結果脱線。。。ということを何度も経験しています(笑)

私はもう動物を使った料理は全然食べたいと思わないのですが、加熱菜食はまだ未練があるみたいで、美味しそうな写真とか見ちゃうと危ないので、そういう写真が出ているようなところには近づかないようにしています。

マーカスさんのFacebookはローフードだけど、断食中に見ると、食欲が湧いてしまうので、断食中は食べ物とはまったく関係のないスピリチュアル系のサイトや本を見るようにしています。

それでも、食べ物のこと、ついつい考えちゃうんですけどねcoldsweats01

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