想定余命150年
「私は、本気で200歳まで生きると信じています」
『変な人が書いた成功法則』で斎藤一人さんが書かれていました。「人生80年」と考えた場合、40歳を過ぎると、「生きていられるのもあと何年か」と考え、焦ってガツガツしがちだが、「人生200年」と考えると、毎日焦らず、とても気が楽だとのこと。
なるほど、と思いました。私も不惑という年を通り過ぎて、とうとう人生も後半戦か、なんて思っていたので。
ただ、私の場合、一人さんが書かれていることと違うのは、「生きていられるのもあと何年か」と考えると、焦ってガツガツではなく、怠けてダラダラしてしまうということです。もう若くないのだから、「今までどおりでいいや」って思ってしまうんです。
しかし、人生200年と考えると、そうも言っていられません。まだ150年以上も生きるのかと思うと、何か新しいことをやらねばという気になります。惰性ではとても間がもちそうにありません。あと150年分の暇つぶしを考えなければならないので、嫌でも前向きになれそうです。うん、これはいい!早速、私も人生200年説の信者になることにしました。
その後、さらに良い刺激をもらう機会がありました。先日、90代と70代という姉妹の方とお話したのですが、そのお二方、足腰が達者なだけでなく、頭の回転も非常に速かったんです。私の周囲におられる、その年代の方々は、お元気であっても、若い人(高齢でない人)と会話すると、なかなか会話のスピードについてこられない方が多いです。だから、こちらが意識してゆっくりと話したり、何度も同じことを繰り返したりすることになりますが、そのお二方には、そういった手加減というか気遣いはまったく必要なく、ポンポン会話が弾みました。
そして、さらに驚いたことに、91歳のお姉さんの方は、まだ海外旅行にも出かけておられ、去年10年有効のパスポートを取得されたとか。ご家族からは「なんで10年!!」とブーイングが出たそうですが、ご本人は当然と考えておられるようで、大変頼もしい。妹さんの方も色々なことにチャレンジし続け、日々を充実させておられる様子でした。
実年齢と肉体年齢の乖離度は、年を重ねれば重ねるほど、個人差が大きくなっていくようで、その差というのは、精神年齢というか考え方によるところが大きいと思われます。
人生80年と考えるか、200年と考えるか。実年齢を意識すると、怠けてダラダラしてしまう私には後者の考え方が合っているようです。不老長寿にこだわっているわけではないのですが、菜食かつ少食で本物の健康を手に入れた暁には、かなり長生きしそうなので、万一200歳まで生きてしまった場合のことを、今から考えておこうかと思っています(笑)。
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